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ケースメソッドの優れもの「インシデントプロセス法」とは

投稿日:2016年3月3日 /  記事カテゴリー:コラム

ケースメソッドの優れもの「インシデントプロセス法」とは

NPO法人日本ケースメソッド協会 会長 古澤 賢

 

日本ケースメソッド協会は一昨年から某メーカーの人事部が主催する「インシデントプロセス研修」を展開するためのお手伝いをしている。これは同社の技術系社員(エンジニア)を対象としたもので、協会が受託しているのは社内ファシリテータ養成である。

具体的には参加者自身が実際に体験した出来事をとりあげ、ケースに作り上げるのである。これは参加者同士の議論を通じて技術の本質を考えさせたり、判断ミスや思考のバイアスを無くしたりする思考の鍛錬や問題解決力の向上などの効果を狙っている。そして最終的な目的はエンジニアの技術力強化である。

2014年度の第1期生はトライアルの意味合いもあって少人数だったが実際に社内で研修を行ってみたところ、ファシリテータ、受講者の双方とも大変好評だったことから、翌年は本格導入となって受講者も増えた。

ついでながら日本ケースメソッド協会のことに少し触れたい。当協会は1990年に任意団体日本ケースバンク協会からスタートし、2006年には東京都のNPO法人の認可を受け現在も地道な活動を行っている。これまでにケースを使った各種の研修、ケース集の出版、ホームページを通してのケースの販売などが主な活動である。また第3版として出版した「新ケースメソッド・理論と実践」の売上金は東日本大震災の被災児童に全額寄付するなど社会貢献にも力を入れている。

以下に「インシデントプロセス法」についての概要を説明する。その前にケースメソッド方式によるケーススタディの一般的な進め方についてまず説明しておこう。

 

Ⅰ.オードドックスなケースメソッド方式によるスタディ

基本的な手順は、1.オリエンテーション 2.個人研究 3.グループ討議 4.全体討議 5.講評である。
以下順を追って少し説明を加えよう。

1.オリエンテーション

受講者に対して、ケーススタディについて研修の趣旨、方法、心構えなどを説明し、研修を効率的、効果的に展開して成果を高めようとするものである。

2.個別研究
ケースについて個別に研究する時間である。ケーススタディの成果があがるためには、各人があらかじめ十分に事前の研究を行っておくことが必要となる。個人研究は以下の要領で行うと良い。

(1) ケースの内容を理解する
(2) ケースを分析する
①問題点の把握:どのような問題があるかを分析する
②根本的問題点の発見:ケース全体を貫いている根本的な問題点について考える
(3)解決策を検討し決定する
問題点について、具体的な解決策について考える。解決策はケースにおいて問題に直面している者の立場で考えてみることが大切である。

3.グループ討議

(1)討議の意義
グループ討議はケーススタディの中核となる重要な部分である。
討議によりさらに深くケースを分析して、より優れた結論を導き出すために行われる。
(2)討議の効用
討議は自分の見解を他の人に伝えるとともに、メンバーの意見を知ることになるから、意思疎通、相互理解、幅広い検討に不可欠な方法である。
討議の効用としては以下のことをあげることができる。
① 視野を広める
② 深い思考を促す
③ 自分の意見を再確認し自分のスタンスを知る
など。

4.全体討議

全体で集まって、チームごとの結論を発表する。発表後はチーム同士で質疑応答を行い、内容を掘り下げていく。

5.講評

最後に講師が全体の感想を述べ、このケースから得られた教訓は何かについてまとめて終了となる。

 

Ⅱ.インシデントプロセスによるスタディ

1.インシデントプロセス法とは何か
  • オーソドックスなケーススタディは前述したようなパターンで行われる。もちろん実際の行動は、このパターンが単純に進行するのではなく、情報が前後したり複雑に絡み合ったりするなかで、常にフィードバック、修正しつつ進行するものであるのは言うまでもない。
  • ケーススタディは技法によってそれぞれ工夫はされてはいるが、いずれも概ねこのパターンに沿って研究するものであり、はじめにストーリー化したケースを一括して提示する。これは与えられたケースを分析し、検討し、どのような過程を経て最善の結論を出すべきであったかの研究に重点がおかれるもので、分析力の養成を中心とする問題解決能力の向上に優れた方法である。しかし、始めから終わりまでまとまったケースを提供するので、以下のような欠点も有している。
(1)原因の分析や過去の反省に終始しすぎて、将来の行動力に結びつきにくい。

(2)ストーリーを読む気持ちになって、現実の職場の問題という緊迫感が欠けやすい。

・このような欠点を改善できないかということ、また現実の問題解決行動が情報の質と量いかんに大きく左右されるということに着目して考案されたものがインシデントプロセス法である。

・インシデントプロセス法は事例研究(ケーススタディ)の一種で、マサチューセッツ工科大学のピコーズ教授が提唱したものであり、極めて短いインシデント(出来事)を提示することから始まる。インシデントプロセス法とは、過程を踏みながらインシデントを解決するという意味である。

・インシデント(実際に起こった出来事)をもとに、受講者がケース提供者に質問することで出来事の背景や原因となる情報を収集し、問題解決の方策を考えるものである。

・日本ケースメソッド協会のインシデントプロセス法は日本ケースメソッド協会の創始者である故田代空名誉会長(人事院研修所長、公平局長を歴任、国連人事委員として長い間国際的に活躍された)が人事院時代に、改良を加えた方式を採用している。一般的にはインシデントプロセス法のケースは極めて短い出来事だけを示すケースを使うのだが、それに比べて協会のインシデントのケースは主人公や関連する人物が登場し、いわばショートストーリー風になっていて、ケースに血が通っている。リアリティがあって受講者はそれを読むことによって学習意欲をそそられるような工夫をしているというのが特色である。

2.期待される効果

(1) 情報収集や分析の重要性を理解することができる。

(2) 問題解決のための分析力や判断力などを高めることがきる。

(3)  受講者同士が意見交換することによって、ともに考えることの重要性を理解することができる。

3.インシデントプロセス研修の手順

インシデントプロセス法によるケーススタディは、一般に以下のようなプロセスで行われる。
  • 第1段階 ケース(インシデント)の提示
  • 第2段階 個人研究/事実の収集(トレーナーへの質問)
  • 第3段階 グループ討議/問題点の抽出
  • 第4段階 解決策の検討/グループ意思決定/発表
  • 第5段階 トレーナーのフィードバック(教訓・反省/一般理論化)
(1)ケース(インシデント)の提示

●トレーナーは事例(インシデンント)を配布し口頭で説明する。ケースは受講者が興味をもって取り組むような内容のものが望ましい。

●トレーナーはケース(インシデント)を提示する前に、受講者に対して研修会の目的、方法、心構えなどについて一般的な方向付けを行う。

●次のような点について十分理解、認識させる。

・研修会の目的と意義ケーススタディの進め方

・タイムスケジュールの提示 トレーナーと受講者の役割など

(2)個人研究/事実の収集(トレーナーへの質問)

●受講者がケースについて個別に研究する時間である。ケーススタディの成果を高めるために、グループ討議が有効に行われる事が重要である。受講者は問題点や原因を考察し、入手すべき情報は何かを考える。

●インシデント(実際に起こった出来事)の背後にある事実・情報を引き出し、まとめる段階である。

・受講者の質問に答えることによってのみ、トレーナーが情報提供する

・原則として同じ質問には二度と答えない、など

(3)グループ討議/問題点の抽出

●各自の考察結果をメンバー間で共有し、収集した事実・情報をもとにして“問題点は何か”の話し合いを行う。討議はお互いの顔を見合わせ行うのが望ましい。研修の討議の場はメンバー同士が相互啓発をしつつ能力を開発、向上させるのが目的だからである。

●討議は以下のような心得をもって行う。

・自分のため、お互いのためという意識をもつ

・意見を率直に述べる

・他者の意見に謙虚に耳を傾ける、など

(4)解決策の検討/グループ意思決定/発表

●問題点を整理し、背景にどのような原因があるのか、またそれをどのように解決するかを考える段階である。最後にグループの総意として結論を整理する。

●発表はグループ毎に問題状況→問題点→原因→解決策の順で根拠を明確にして発表する。時間的な余裕がある場合はトレーナーが司会役となり、グループのそれぞれの発表内容に対してQ&Aのセッションを設ける。

(5)トレーナーのフィードバック(教訓・反省/一般理論化)

●発表とQ&Aが終了した時点で、トレーナーは、各グループの結論に対するコメントを与える。最後に今回のケースでは実際にどのような経緯で解決に至ったか受講者の結論と比較しながら解説する。

●受講者個人にこのケースで感じた点、教訓、反省などを整理して発表してもらう。

●最後にトレーナー自身がこのケースで得た反省事項、教訓を述べ、各人の仕事にも是非活かしてほしい旨を話して研修を終える。

 

最後に経過事例法について少し説明しよう。インシデントプロセス法においても、長い期間に起きた事例の場合はこの「経過事例法」を活用すると効果的である。

 

Ⅲ.経過事例法とは

単一のケースを検討して解決策を研究するやり方は、変動する諸環境をフィードバックしつつ、適宜処置策を修正するという、現実の職場のダイナミックな対応に物足りない部分がある。そのため、経過事例法は、ケースを適当な時間で分割したいくつかのシートに細分して、順次受講者に提示し、時々刻々に情報を入手するという方法をとる。

すなわち、各情報の入手段階ごとに結果を予測しながら解決策を立て、次のシート(情報)でケースの想定した行動を提示し、それをもとに前の解決策の妥当性を検討するとともに、次の解決策を立てるという過程を繰り返すのである。

この方法は、職場において現実に取られている行動に近い形で研究が進められるため、活気が出るとともに、ケースを通して解決策と現実の行動とのズレを身近に感じることができ、洞察や予測、フィードバックの必要性の認識などに効果的である。ただ、複雑に進行するため興味本位に終わらせない工夫も考えておく必要もある。

 

以上、インシデントプロセス法、経過事例法について説明した。

今後研修の内製化を考えておられる企業の人事部の方には取り組みやすくて効果が高いこの方法を是非お勧めしたい。

(了)

 

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