購入リスト

アクティブ“ティーチング”の勧め―大学で「就業力」を高めるためのフィードバック手法―

投稿日:2014年2月11日 /  記事カテゴリー:コラム

Ⅰ.大学教育に対する「疑念」と改善の模索
「就業力」という言葉は、「学生が社会的及び職業的自立を図るために必要な能力を培うことができるよう、大学は、組織間の有機的な連携を図り、適切な体制を整える」という大学設置基準改正によって初めて「公的用語」として世に出た(大学設置基準等を2010年2月改正、11年4月より施行)。

リーマンショック以降の経済状況の悪化に伴い、大学生等の雇用環境が悪化した時代背景を受けてのことではあったが、それ以前から、中央教育審議会(中教審)、大学審議会等において、とくに産業界から出ている委員等から、教育一般とくに大学教育に対し、社会に出てから役に立たたない教育をしているのではないかとの疑念、指摘が続いていた(文部科学省の「就業力」に先行して、経産省は「社会人基礎力」を2006年から提唱している)。

一方、教育関係者からは、従来の教育手法の見直しとして、アクティブ・ラーニング(参照・最後出)の考え方が提起されていた。これまでの「教える側から教わる側へのワンウェイを双方向にする」と「教える側・教わる側双方の周辺を巻き込んでワイド化をめざす」が2つの旗印であった。

授業ひいては教室をいかに活性化させるか。それが求められる理由の一つには、「知の寡占」の崩壊という背景がある。IT環境の絶えざる進歩によって、さまざまな情報・知識がネット上、グローバルな規模で移転可能かつアクセス可能になったことで「知」は一部の人間のものではなくなった。従来ならば通用していた「(他の人間が知らないことを)知っていること」を一方的に流す授業は意味を持たず、それに代わる新たな教育手法が模索されるようになったということである。

Ⅱ.「学力」と「社会人力」のギャップ、パラドクス
大学教育で身に付けることが期待される力については、いろいろな主張があるがつまるところ、高校までの受け身の「教わる力」から、自ら主体的に「学ぶ力」への発展・進化と言える。

他方、社会が求める力は、「就業力」であれ「社会人基礎力」であれ、表記上の違いだけで大差はなく、「コミニュケーションスキルやメンバーシップをベースにした問題解決力および業務遂行力」にまとめることができよう。

これを大学サイドから見ると、学問領域や学問の特徴によって異なり一概に結論付けられないものの、医学の「基礎」「臨床」になぞらえていえば、「知識・教養に関わる基礎的学問」か「応用・実践に密接につながっていく臨床的学問」かによって、大学教育に期待されている成果も、「社会人力」として期待されるものとの遠近も異なることは確かである。ただ、「就業力」であれ「社会人基礎力」あれ、大学人に対しては、「それらはスキル重視だ」との見方を喚起してしまいがちなことは確かである。

また、企業等で言う「人間力」は、大学における専門あるいは教養教育で育むことができるものなのかどうか、の指摘と同時に、それらは「直接的効果」として期待されているものかどうかの議論が深まっているわけでもない。

例えば、「人間力」を育むには、いっそ「失恋」したほうがいいかもしれない。失敗しろ、傷つけ、それがあたかも竹の節目のように、自らを倒れないしなやかな人間にさせるのだ、「せいぜい挫折しろ」とハッパをかけることや、受験で「失敗」挫折したことを受け容れ(評価する気持ちに)させ、いい経験になったと認識させる(具体的には、「偏差値」偏重から脱却・転換させる)ことも大学生にとって大きな意味をもつこととも言える。

となると、これは大学「教育」というより、大学「生活」によってもたらされる「人間力」であり、成長、進化ということになる。

では、実際に学生の就業力を点検・評価してみるとどうなるのか。ケースメソッド協会で実施したVIP(Virtual Internship Program:仮想就業体験プログラム)
ケースメソッド協会で実施したVIP(「就業力向上セミナー」)
の「未決案件処理」(イン・バスケット)では、以下の3つの特徴が確認できた。
① 「限られた時間」の認識が脆弱
学生生活には時間の制約がなく、自由な時間を満喫しており(これは大学生活にとって重要な意味を持っていることでもあるが)、試験やレポートの締切りといったことを除くと、「限られた時間」を意識しないで済んでいる。それが結果に反映していると見ることができる。
②優先順位の観念がない
受験勉強やテストにならされた学生は、「点数が取れる=簡単な案件から手を付ける」ことが“習性”になっていて、“易しい”案件から処理しようとする傾向がみられる。重要な事項、緊急度を判断して迅速に対処することが求められる社会では通用しないアプローチである。
③事案の相関性が把握できない
課題発見力、解決方策に深みがなく、重層的視点の未熟さとともに平板な課題認識にとどまっている。

これらはいずれも、(③については、ゼミの指導などで開発されることが期待できるが)正直なところ大学教育の中で習得させるのは難しい。ここにも、「大学」と「社会」の思いと思われの中のギャップがある。ただ、不思議なことは、これまで、都内の大手私立大学や地方の小規模私立大学などでの実施結果は、高得点から低位まで、それぞれにほぼ正規分布をしており、いわゆる偏差値とは別の「ある能力値」があるように判断される。

Ⅲ.アクティブ“ティーチング”の提案―能力評価から能力開発(指導)へ―
一方通行の授業が意義をもたなくなったものの、アクティブ・ラーニングの一つであるリポート提出によってそれをカバーしようとしてみても、ネットサーフィンがうまくなる学生を増やすことだけになっているのが現実で、「知の寡占」の崩壊という現実を克服できているわけではない。

教員と学生および、学生相互の刺激によって、ちょうどかつてジャガイモを桶の中で洗った方法のように、一つ一つが擦れあって皮がむけるように文字通り「脱皮」し、「成長」するための“マサツ熱”を起こして、それによって“知恵熱”を生み出していくというのがめざすべき、私の「ワイド」「双方向」のイメージである。

現状では、授業の理解度を試験で、課したレポートに対しては自分の言葉で発表できているかどうか、ゼミ・卒論指導などの場面で「力」があるかどうかなど、学生は日常的に「評価」されている。この「枠組み」を残す限り、求められている教育成果に応えることはできないのではないか。

能力・実力を「評価」するワンウェイで終わっているものを、「不十分な点」に対し「指導」(=「教育」)することを加えることで、本当の意味でのアクティブ・ラーニングを実現させることができるのではないか。レポートを書かせる場合も、受け取って評価するだけではなく、添削して送り返すという指導を含む「ダブルトラックの双方向」が必要なのではないかということである。

これを、能力評価から能力開発へとつながる授業として、教育手法の総称であるアクティブ・ラーニングから取り出して、私の造語だがアクティブ・“ティーチング”と名付け、以下に提案したい。これは、VIPはもちろん、多くの企業研修で取り入れられている「フィードバック」「気付き」の手法から学ぼうとするものである。

VIPでは、ディメンションを12に分類し、それぞれの定義にもとづいて様々なケースを使って、学生の就業力を評定している。ディメンションごとに本人の「強み」につながる「望ましい(=求められる)行動例」および課題となる「解決するべき行動パターン」を示し、評価・評定後に、結果に基づき個々人宛に「フィードバック」(レポート)をしている。そのもっとも大きな特徴は、具体的な「アドバイス」を伝えることで、その意図は「育成」にある。

いくつかのディメンションに関しフィードバックの内容を例示する。

自立性「受け売りの意見が多い」とか「付和雷同的な行動が多い」などの「課題」に対し、「社会人になってから自己を確立すればいい、と思っている人はいつまで経っても自立心は持てません。大学生活の間にしっかりとした自分なりの考え方を持ち、自分の生き方や信念を育んでおけば社会に出ても揺らぐことはありません」と指導する。
リーダーシップ人から導きかけや「働きかけがあるまで動かない」という学生は、最近特に多いのですが、それを指摘したうえで、「真のリーダーは他者の意見をじっくり拝聴し、相手の意見や感情を理解すること。会社に入って上司や先輩など周囲の人を納得させて動かせば、新入社員でも立派にリーダーシップを発揮したと言えます」と励ます。
情報把握力「勘違い、聞き間違い」が多い学生には、「手帳を活用してこまめにメモを取る習慣」をアドバイスする。
分析力:「先入観や偏見で決めつける」のは学生の特権みたいなものだが、「分析力を高めることとは、論理な思考を養うことで、学生のころからビジネスマン向けの文献を読んでおくこと」を勧める。
策定力、実行計画力、成果管理力など:「仕事の場で」というウエイトが強く、学生時代にはイメージがわきにくいところだが、「仕事はPDCAのサイクルで回る」「会社ではホーレンソーが仕事の大事な基本動作である」あるいは、日常のゼミの中でも出てくることだろうが、「計画は5W1Hで進めること」などのアドバイスは、すぐに「体得」はできないにしても、学生時代から耳にすることで、後に生きてくることは間違いないとの考えに基づきフィードバックの中に盛り込んでいる。

大学教育の現状では、「教授」して(学生の能力)「評価」はするが「指導(まで)はしない」。学生は、試験の得点やゼミの「評価」が80点ならば「優」でOK、60点ならばギリギリセーフということはわかっているが、何が不足して何が「強み」「自信」として認識すればいいのかわからない。「君の論旨(発言)は、話があちこちに飛んで、結論があいまいになる。それが課題で、自分の言葉でしっかり話し、自分が伝えたい論旨を明確にすることを日常的に心がけるように」と「指導」してやれば、明らかに「育成」につながるであろう。

こうした「フィードバック」の手法を取り入れ、アクティブ・ティーチングを実践することによって、一段階進んだ育成が実現するのではないか。

科目教育(=一般教養/専門科目)を双方向化するとともに、授業を受けた結果を「評価」するだけでなく、それに基づき各学生の課題を指摘しアドバイスするいわば「二次指導」ともいうべき手法の展開である。

「指導」へ踏み込みことは、ただ単に個人を対象とするものではない。グループ・ディスカッション、ディベート、グループ・ワークなどの場面で一人の学生に対するフィードバックは、他の学生への「気づき」も促し(時には、現状から飛躍するために“挑発”し)、複数の学生を刺激することで“マサツ熱”が起き、“知恵熱”を生み出すことにもつながる。いうまでもなく、「気づき」もまた、組織における人材育成での大きなキーワードである。

「今のデイスカッションの中で、A君は、他のメンバーの発言の中のキーになる言葉やフレーズを的確に読み取っていた。これは情報把握力という、皆さんにとってこれからも求められる力の一つである。他の人たちも、手帳などを活用してこまめにメモを取る習慣を身に付けることでこうした能力を開発してください」というパターンなどが考えられる。

理系学部では、大学院生も多く、先輩から指導を受けたり学んだりする様々な場面があるが、文系ではその機会が少ないばかりか学生自体が「砂の群衆」化している。

知の寡占崩壊のもと、「知る」「憶える」から「解る」「認識する」(学力)へ、さらに「できる」「身に付く」(血肉化して反射神経的に「行動」に繋げられる、かどうか)が教育に問われている。いわば、知あるいは事実(現象)の平面的習得を立体的体得へ転換させていくということでもある。

授業の場に「フィードバック」機能を取り込んだアクティブ・ティーチングを導入することで、教育に求められている新たな期待に応え、教室が活性化するばかりでなく、潜在している学生の力を浮かび上がらせ、学生の将来に可能性を開くこと(「就業力」の向上)に繋げることができると確信する。

大学教育の現場で是非、取り入れられることを期待したい。それが実現しないのであれば、VIPの社会的意義はますます高くなっていくことになる。(了)

VIPインストラクター 水間

 
【アクティブ・ラーニング】教員による一方向的な講義形式の教育とは異なり、学修者の能動的な学修への参加を取り入れた教授・学習法の総称。学修者が能動的に学修することによって、認知的、倫理的、社会的能力、教養、知識、経験を含めた汎用的能力の育成を図る。発見学習、問題解決学習、体験学習、調査学習等が含まれるが、教室内でのグループ・ディスカッション、ディベート、グループ・ワーク等も有効なアクティブ・ラーニングの方法である。           (文科省「用語集」

アクティブ“ティーチング”の勧め―大学で「就業力」を高めるためのフィードバック手法―” への2件のコメント

  1. 『受け身の「教わる力」から、自ら主体的に「学ぶ力」へ』・・・実は、企業研修の講師をしていて思うことなのですが、この違いを理解していない社会人も少なくありません。「“知識を身に着ける”研修」と「“考え方を身に着ける”研修」の違いを理解しておらず、対象によって「“答えが明確にある”こと」と「“答えを自分で考えて導く”こと」の2つ領域があることを、研修で言われて初めて気づく社会人が少なくないのです。そういう社会人を見ると、「ああ、学生のうちから日本ケースメソッド協会のVIPを受けていれば良かったのに」と思うことも少なくありません。
    とは言え、教育を「受けてきた人」に急激な転換を図ることは困難でしょうから、早急に対処する方策は、やはり「研修講師」や「教員」などの位置付けを変えることではないかとこのコラムを読みながら、あらためて実感しました。研修講師や教員は、確かに知識教授の人であると同時にコーチであり、ファシリテーターであり、メンターであり、このマルチな役割を果たす人のことを「研修講師」や「教員」として、あらためて定義しなおさないといけないと感じました。

  2. 『受け身の「教わる力」から、自ら主体的に「学ぶ力」へ』、この違いの重さをとても実感しました。この発展・進化を図ることができるかどうかは、教員が学生にどのように関係するか、どのように位置付けるかに掛かっていることも、このコラムからあらためて痛感しました。
    社会人になれば尚更、「唯一無二の答えのある場面」よりも「明確な答えがない、自分で自問自答しながら答えを探す場面」の方が圧倒的に多いのですから、常に自ら学び、自ら思考を起動する主体性は重要な要素であると感じました。
    コラムにあるVIPは、そういう意味では「教える」のではなく、「実体験」に基づく「フィードバック」を通じて、「気づき」につなげる手法であり、まさにコラムにあるように「知あるいは事実の平面的習得を立体的体得へ転換」する効果的な手法であると思いました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>

ページトップへ