ヒューマン・アセスメント裏話(3)
ヒューマン・アセスメント裏話(3)
NPO法人 日本ケースメソッド協会 会長 古澤 賢✥ ヒューマン・アセスメント、二つの理論
ヒューマン・アセスメントはそもそも何か?前回、アセスメント理論について述べたが、その他に実はさらにわかりやすい理論がある。それは、「BPB理論」と「ボトルネック理論」の二つである。
「BPB理論」とは、Bはbehavior(行動)、Pはpredict(予言)、”behavior predict behavior” つまり、演習行動(B1)は将来行動(B2)を予言する、である。
ヒューマン・アセスメントの場合、演習課題はアセッシーが目指す次のポジション(職位や職階)を想定したシミュレーション(simulation)で作られている。従って本人が昇格した後でどのような能力を発揮するか、を診るのが真の狙いと言っても良い。
つまり、“アセスメントは事前に将来行動を診るよう作られている”のである。アセスメントという言葉は、評価、査定と言う意味であるが、環境アセスメントなどと使われている場合、環境への影響を事前に調査するということだから、ヒューマン・アセスメントもそれと同じ概念だと言える。
後者の「ボトルネック理論」は、広口瓶ではなく、出口が細くくびれている瓶に例えたのがみそ(・・)である。例えば仮にあなたが密室の中に閉じ込められたとする。窓もない、一見出口もないような部屋からどうやったら抜け出られるか、あなたは何とか外に出たいと知恵を絞って脱出方法を考えるだろう。
あなたが、知恵を絞って出口を見つけ、どうにか脱出するまでの一連の全ての行動を観察するのが、アセッサーの役割である。結局出られないと言う結果になるかもしれないが…。
ヒューマン・アセスメントにおけるシミュレーション(simulation)では異なる業種、時間の制約、未経験の役職などでプレッシャーをかけ、おまけにアセッサーから評価されているという緊張感(VTR撮影もある)がある。これらは意図的に仕組まれているのだが、それがボトルネックというわけだ。ネックの程度は難易度の程度と同じなのである。
ヒューマン・アセスメント研修の場合、最近は選抜【S型=selection】の昇格・昇進が目的であることが多いので、それだけでも相当なプレッシャーである。会社のトップが開講の挨拶などで、激励するなどしたら、プレッシャーは倍加する。
さまざまな緊張を強いられて困難な状況を克服しようとするところに、モチベーションに火がついてエネルギーとなり、眠っているかもしれない潜在能力が顕在化するのである。
ボトルネックに関係なく発揮できるとしたら既にその能力は身に付いているわけだから、それはそれで理想的状況である。ただ、緊張をかけすぎると、委縮したり、肩に力が入り過ぎたりで、かえって能力の発揮を阻害する結果を招くから、緊張感は適度なレベルでなくてはならない。だだ、この調整は意外と難しいので、企業側の担当者と十分考慮してプログラムを組む必要がある。
✥人が人を評価するという事
人間は元来なんでも知りたがる習性があり、とくに他人のこととなると、その人がどんな人なのかを知ろうとする。そして、知りたいと思う人がいたら、注意深く観察眼を働かせる。
例えば、誰かがある人について、
“彼は普段は地味で目立たないが、いざというときの行動力があるよなぁ、だから仲間から結構頼りにされているよね。”
“彼女は芯が強く、一見、気が強そうに見えるけどあれでなかなか繊細で思い遣りのある人だよ。”
“彼はなんだかんだと強がり言っているけれど、内心では失敗しないかってびくびくしてるんだよ”。などなど。
このような人物評は結構的を射ていることがあるが、当然ながら対象になった人の言ったこと、したことなど普段の行動観察が裏付けになっている。
ヒューマン・アセスメントの手法も基本的にはこれと同じようなこと。しかし、人の特徴を表現しても、当たらずとも遠からずで、ましてや、職務能力の何が強みで何が弱みかを具体的に説明するとなると、かなり難しい。また、能力と性格を混同していることが多いので、組織のマネージャーとしてどうかという評価とは別問題である。
✥右脳と左脳の使い分け
ヒューマン・アセスメントの構成要素は、アセッサー、ディメンション、演習課題の3点である。
これをアセスメントの三要素と言っている。まず、評定者であるアセッサーについて述べる。
アセッサーも熟練となると、右脳と左脳をうまく使い分けているのである。
“行動観察”は目と耳を使い、記録を取る、これは感覚で捉えるという右脳のアナログ機能である。次に、収集した“データ分析”を論理的に解析して、ディメンションに落とし込むのだが、こちらは論理脳と言われる左脳のデジタル機能である。つまり、アナログとデジタルの両方の機能をバランス良く機能させながら評定作業をしているのである。
その際、大事なことは常に本人の全体像を崩さないようにして部分の集積として立体的にデータを捉えていくのである。例えれば彫刻家が異なる角度から本人の特徴を捉えて、少しずつ人物像を創作していく過程に似ている。
記録をとるときのコツは、見たこと聞いたことを正確にかつポイントを外さず記録していく。初めは考えながら記録を取るのは難しいから、記録マシーンになったつもりで沢山データを集めていくことに専念する。慣れてくると、使えるデータだけ記録することができるようになる。アドミニストレーターの域になるとアセッサーよりはるかに少ない時間の観察でもアセッシーの特徴を的確にとらえることができる。インバスケットのような文章だけのデータを基に診断するのは、慣れないうちはアセッサー泣かせである。ただ、これも、長年やっているとデータとして使えるものが見極められるようになる。インバスケットのばあい、案件処理数には差があるから、量より質のほうを重視して診ることになる。
アセッサーはこのように演習課題という言わばフィルターを通して診るわけだから、そのフィルターのことを熟知しておく必要がある。フィルターというツールを知らずして、アセスメントはできないといっても過言ではない。
また、留意すべき点は決して単独で最終の診断結果を出してはならないという事である。これはヒューマン・アセスメントではとくに肝心要なことである。どんなに経験を積んだアドミニストレーターやアセッサーであっても人が人を見るというものだから、複数評価で客観性を保つのは絶対に守るべきルールである。人間である以上、主観を全く入れないで診るのは不可能に近いからである。
✥ディメンションという評定軸
次にディメンション(Dimensions 能力要件)について述べる。能力とは人間の行動の一部として捉えることができる。そしてその能力を保有していることを証明するためにはやって見せる事が必須である。知っている事(知識)と出来る事(行動)は分けて考えるべきだからである。
能力(ability、skill、competence)という概念は、一般的には…する能力がある…出来る( be able to、can do)という意味である。
ヒューマン・アセスメントを行う場合、性格(character)や価値観(sense of values)を能力とは切り離して診ることが原則である。実際にはその線引きが難しい面もあるが、アセッサーは常にそのように心がけなければならない。
性格を職務能力や管理能力と繋げて考える事それ自体が間違いと言っているわけではない。しかし、心理学の研究においても性格は本人のDNAとも大いに関わっていることが明らかになっているから、ほとんどと言ってもよいほど不変のものである。
つまり性格とか価値観というものはその人が持つ固有のものであり、人格そのものと言って良い。したがって、その人を尊重するためにも性格や価値観はヒューマン・アセスメントでは対象にしないというのが基本的な考え方になっている。そもそも不変なものは変えようにも変えられない。ヒューマン・アセスメントはトレーニングで啓発可能な能力要件を対象としているのである。
前回、述べたK.レヴィンの言葉を思い出してほしい。
≪経験的な学習効果は、生活空間が高度に分節化されて認知が柔軟になるほど、『実際的な行動のレパートリー(選択肢)』が増えることを意味している。生活空間は『有用な経験・知識』が増えるほどに豊かさや適応性を増していくことになり、『ステレオタイプな硬直した反応』から『クリエイティブで柔軟な行動』への転換が起こってくる≫
ヒューマン・アセスメントが目指す“診断と育成”の真髄がまさにこれである。
次回4回目はディメンションについてコースを設計する際、どのように選定するのかに触れ、最後に演習課題(ケース)について述べようと思う。