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ヒューマン・アセスメント裏話(2)

投稿日:2018年5月12日 /  記事カテゴリー:コラム

ヒューマン・アセスメント裏話(2)

NPO法人日本ケースメソッド協会 会長 古澤 賢

✥DDI社という会社
アセスメントについて語るとき、DDI社(Development Dimensions International)のことを抜きにしては語れない。同社はアセスメントを民間企業のマネージャー選抜の手法として初めて整備し、システム化したことで知られている。社名からして能力開発に特化した会社ということがお分かり頂けると思う。フォーチュン誌のベストカンパニーに選ばれる会社の半数以上が同社の顧客というのだから驚く。

DDI社の設立は1970年、本部はペンシルベニア州ピッツバーグ(Pittsburgh)にあり、創業者はダグラス・ブレイ博士である。人的資源の活用・育成・管理分野における人材コンサルティング会社である。
ピッツバーグには工科大学として有名なカーネギーメロン大学がある。鉄鋼王アンドリュー・カーネギーがカーネギー技術学校を創立し、それがこの大学の前身である。ピッツバーグは豊かな自然環境に恵まれた素晴らしい都市である。郊外には広い庭とプールを備えた高級住宅が立ち並び、私は訪れるたびにアメリカ人の生活のゆとりや豊かさを感じたものだった。

私が所属する研修会社とはアセスメント手法で提携していたので、社長であるブレイ博士は頻繁に来日して企業の経営者や人事担当者を対象にした講演会を行った。私もDDI社の本部を訪れる機会が何度かあり、セミナーに参加したり、職場を見せてもらったりして本場のアセスメントを直に学ぶことができた。DDI社とはアセスメントが取り持つ縁で、社員同士の交流も密であった。本部が主催するセミナーの合間にバレーボールの対抗戦をやったり、ある時はハワイ島に泊まり込んで合同合宿セミナーをやったりした。

日本で行われているヒューマン・アセスメント研修のほとんどは企業単位の階層別研修だが、米国ではそれだけでなく、むしろ個人の資格でアセスメントセンターの公開セミナーに参加する場合が多い。
参加する目的は自分の能力開発もあるだろうが、それよりもアセスメントの評価がほしいというのが動機のほうが多いらしい。能力を証明する診断書があれば転職する際に条件面で格段に有利というのが米国では常識となっているからだ。
それだけ、DDI社の「アセスメント・センター・メソッド」(Assessment Center Method)のお墨付きは米国内では信用がある。
あるとき私はブレイ社長に尋ねてみた。「アセスメントの結果で昇進・昇格が決まる事に承服できず、訴訟になったことはないのか?」
即座に明快な答えが返ってきた。「その通りだ、もちろんいくつもある。しかしことごとく企業側が勝訴。アセスメントの結果は合理的であり、信用に足る根拠があるという理由でね…」

✥アセスメントの理論的背景
ヒューマン・アセスメントは人間行動の観察が芯にあるので、アセスメントに携わるひとは理論的背景を知っておくほうが良いと思う。私も入社した当時は先輩の先生方からお聞きし、独自に勉強もした。アセスメントが今ほど普及していなかった当時は、公開セミナーでは、メイン講師が冒頭のレクチャーで理論的背景を説明するのが常だった。
そのあたりに少し触れてみたい。人間行動の研究は心理学の研究そのもの言っても良い。19世紀以前の心理学研究は自分の内面心理を自分で内省する「内観法introspective method)」が主流だった。ジークムント・フロイトの精神分析研究では心理臨床の実践・観察に基づく「臨床法(clinical method)」によって精神分析理論が構築されていた。しかし、内観法も臨床法も客観的な結果の測定ができず、“主観的・抽象的な研究方法”に留まったのである。
そこに登場したのが、心理学の第二勢力ともいえる、J.B.ワトソンやソーンダイクに代表される行動主義心理学(行動科学)であった。
行動主義(behaviorism)では客観的・実証的な研究方法として、環境条件を統制して実験を行う「実験法(experimental method)」と客観的な行動記録を行う「観察法(observational method)」が採用された。
この観察法というのがまさに、ヒューマン・アセスメントの原点と考えてよいのかもしれない。
J.B.ワトソン(1878-1958)は、科学的心理学を確立するために「抽象的な内面」ではなく、「客観的行動」を研究対象としたのである。そして人間の行動を「刺激(S:Stimulus)」に対する「反応(R:Response)」として理解するS-R理論を提唱した。彼は「先天的な遺伝・資質」よりも「後天的環境・経験」が人間の行動形成や目的達成を規定すると考えていた。
ワトソンは「特定の刺激」に対して「特定の反応(行動)」が結びつくというS-R理論によって「人間の行動の一般法則・因果関係」を明らかにしようとしたが、同一の刺激に対して異なる反応(行動)が起こるという反証もあり、古典的行動主義による行動原理だけでは一般法則化はできず、新しい理論の登場を待つことになった。
次に登場するのが新行動主義に分類されるクラーク.L.ハル(1884-1952)とE.C.トルーマン(1886-1959)である。彼らは方法論的行動主義の研究方法と「媒介変数」の導入によって、ワトソンの限界を克服しようとした。
これは、人間の行動をシンプルな刺激(S)に対する反応(R)とみなすのではなく、反応(R)を規定する媒介変数を設定することで人間の複雑な行動を理解することができるという考えかたであった。
その後ハルは、S-R理論の改良版ともいえる「S-O-R理論(Stimulus-Organism-Response Theory)」を提唱した。この理論では、「O(Organism、有機体)」が刺激・反応に影響を与える媒介変数になっている。「O(Organism、有機体)」というのは有機体である生物・人間の内面的要因(認知的情報処理)のことであり、同一刺激を受けても有機体の内的な情報処理によって出力される反応(行動)が変化してくる、という考え方である。

同じ学習時間(学習内容)を経験しても、個体によってその学習効果は大きく異なってくることがあるが、それも「有機体の内的要因」の差によって合理的に理解できる。
ハルの提示したS-O-R理論は人間の行動の生成変化を統合的・論理的にできる理論であり、人間行動の一般化に成功している。しかし、媒介変数のO(有機体)が抽象的なブラックボックスになっているという問題が残されていた。

人間行動のメカニズムについて研究して説得力のある理論を提唱した人はK.レヴィン(1890-1947)だと思う。彼はドイツで生まれ、その後米国に亡命し、米国で活躍した心理学者で、
フロイトと並ぶ「力動論」の代表者でもある。ゲシュタルト心理学の影響を強く受け、情緒や動機付けの研究を行った。
「力動論」とは、葛藤(conflict)の3つの基本型を示し、行動の根底にある要求や動機を重視、行動にいたる過程を研究したものである。過程や原因を過去の要因に結びつけがちだったフロイトに対し、彼は、現在の生活空間全体から行動を分析しようとした。
B = f(P・E)という関数式を聞いたころがあるだろうか。これはレヴィンが人間の行動の一般法則(普遍的原則)として発表したものである。レヴィンが重視したのが『生活空間』であり、人間の行動(B:Behavior)は、人間(P:Person)と環境(E:Environment)のシンプルな関数として理解できるという確信を持っていた。

この経験的な学習効果は、生活空間が高度に分節化されて認知が柔軟になるほど、『実際的な行動のレパートリー(選択肢)』が増えることを意味している。生活空間は『有用な経験・知識』が増えるほどに豊かさや適応性を増していくことになり、『ステレオタイプな硬直した反応』から『クリエイティブで柔軟な行動』への転換が起こってくるのである。
この理論はヒューマン・アセスメントにおける人材の発見や能力開発といった観点からも非常に示唆に富む考え方だと言える。
少し硬い話になったが、次回はもう少しわかりやすく「ヒューマン・アセスメントはそもそも何か」ということから始めたいと思う。

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