ケースメソッドの社内研修会の勧め
今回は社内で手軽にできるケースメソッド方式の研修会について説明します。
1.ケースメソッドによる学習法とは
ケースメソッドによる学習法は、日常の職場に起こりがちな、さまざまな「事例」をいろいろな角度から研究して、そこから“教え”を学び取るものです。1人の力では解決できない事例であっても集まったメンバーが知恵を出し合えば良い解決方法が見いだせるものです。まさに、「三人寄れば文殊の知恵」です。そして、ケースの疑似体験を通じて、自らの職場での問題を解決する力を身に付けることを最終的な狙いとしています。
ケースメソッドは大学や企業では人材の能力開発として活用されています。企業では個人の能力開発の他に職場ぐるみの勉強会として、また、ケースそのものを能力審査(昇格テスト)の題材として使用する場合もあります。
ケースメソッドは、何らかの問題を含んだストーリーを提示し、ストーリーを様々な角度から分析、検討することによって問題解決の学習を行なおうとするものです。
その学習のプロセスは、
- 過去・現在の事実や将来において発生しうる事柄を分析・究明する
- ケースに内在する諸問題を発見、把握する
- その原因を探求し、解決策を検討する
- 学習者としての意思決定を行う
- 問題解決能力を啓発して原理・原則、方法、技術の職場適用を図る
2.ケースメソッドによる社内研修会の種類
ケースメソッドによる社内研修は目的に応じた様々なやり方があります。以下、それについて説明します。
(1)階層別研修などOFF・J・T(集合)研修で活用する場合
トレーナーが社内の研修部のスタッフ或いは研修会社の専門のトレーナーいずれの場合でも、ケースの選定は自社の業態・業種を考慮したもの、研修会の目的と受講者の習熟度にマッチしたものを選びます。また、受講者が興味を持ちやすいものであることも選定の基準になります。
例えば、受講者の問題解決能力の向上(論理的思考能力の養成)で使いたい場合は、ケースの解説を読んで、論理思考が要求されるものを選ぶと効果的です。
また、事前にケース集を読ませて自分なりの考え方をまとめたものを研修当日に持参させると研修会が効率的に進められます。
(2)組織開発の一環として職場勉強会で活用する場合
通常、トレーナーは職場の現職管理職が行ないます。ただし、はじめの数回を管理職が担当して見本を示した後、若手中堅社員に任せるやりかたもあります。この場合はトレーナー役になった本人はケースに関する関連情報(類似ケースや法律知識)などを収集・整理してメンバーからの質問にも答えられるよう準備万端整えなければなりません。トレーナー役の社員の能力開発には大いに役立ちます。
(3)自己啓発を支援する教材として活用する場合
集合研修の終了後に配布し、自己啓発の参考図書として活用することもあります。例えば、筆者の専門分野であるヒューマン・アセスメントでは複数の能力要件(ディメンション)の能力診断を行ないます。
この場合、各種の演習課題を通して、自己の強みや啓発すべき課題が明確になりますので、例えば問題解決的能力(分析力・判断力・決断力など)に啓発課題がある場合は、ケース集を使ってじっくりと考える習慣を養うのも効果があります。この自己啓発支援を実際に効果的なやり方で実施している企業の例としては某総合商社のO社です。当社は社内専用ネットを活用してケースを常時使えるようにしています。ケースの個人研究を行なった後、ティーチングノート(注1)を読むことによりさらに深く分析し、学習する仕組みができています。
3.社内研修会の進め方
Ⅰ.ケースの選定
ケースメソッドは適当なケースを選ぶところから始めるのが一般的です。どのケースを選んで学習するかは、参加メンバーの立場・役割、キャリア、年令、ニーズなどを調べておき、それにマッチしたものが良いでしょう。どの位時間がとれるのかも、いくつのケースを使うかを決める重要な要素です。もちろん、トレーナー自身が作成したケースを使用すれば、選定の手間は省けます。
Ⅱ.事前の準備
(1) 計画の立案と備品、トレーナーマニュアルの最終確認
5W1Hで計画を立てます。日程、時間、対象者、人数、場所、方法などを決めます。備品は名札、模造紙、マジック、ホワイトボード、マグネット、ポインターなどを準備します。
さらに、トレーナーはケースを熟読して頭に入れておき、ティーチングノートも読み込んで理解し、ケースの解説が出来るようにしておきます。そうすれば心の準備もできます。
(2) 事前連絡
少なくとも1ヶ月前に、計画を参加者に通知しておきます。参加者本人はもちろん、上司宛にも趣旨を伝えて協力を要請しておきます。勉強会であまり時間がとれない場合は事前にケースを配布しておき、前もって読んで来てもらいましょう。
(3) グループ編成
参加者を、5~6人程度1組のグループに分け、研究活動の単位にします。この組分けは、当日発表します。いろいろな部署から集まる場合は、同じ部署や職場より、いろいろな人との交流も出来るように、ランダムな組み合わせが理想的です。立場・役割もいろいろ組み合わせたほうが、立場や世代の違いが出て、話し合いが深まる場合が多いものです。
(4) 所要時間
充分な効果を狙うなら、1ケース当たり最低3時間は必要です。就業時間後に行う場合は1ケースが妥当でしょう。午前や午後の半日使う場合でも、1ケースあたりの時間を短縮してもせいぜい2ケースが限度です。
Ⅲ.話し合いの進め方 《計3時間》
各ケースとも、以下のような手順で進めます。はじめにトレーナーが挨拶を兼ねて、研修会の狙いを述べ、積極的な参加を期待することを話し、スケジュール等のオリエンテーションを行います。冒頭に役員や上級管理職から挨拶や激励があれば、参加者の意識が高まり、研修会もしまったものになりますので、できれば依頼しておきましょう。
(1) 個別研究による事実の確認と問題点の発見 《30分》
ケースを通じて、どんな状況なのかを、「事実」によって理解する。(事前に読んで来ている場合は読む時間は10分程度あれば良い。)さらに、大小さまざまな問題点をすべて洗い出して、メモします。開始の際に予め準備しおいた設問を板書するのも良いでしょう。
(2) 集団による問題抽出 《40分》
あらかじめ決めておいたグループ単位で集まり、個人研究をもとに相互に意見交換を行い問題点は何かを話し合います。多くの問題点のなかで、何が中心の問題(背景や根にある真の問題)なのかを探し出す。
(3) 解決案の検討 《30分》
中心的な問題は、多くの関連事項が絡まって起こる場合が多いので、いろいろな解決案を皆で出し合って見ます。この際、ブレーンストーミング(注2)の要領が望ましい。
(4) 最終解決策の決定 《20分》
出された様々な解決案を比較検討し、最終結論を出す。それを模造紙に書き写して発表が出来るようにする。
(5) グループ別の発表 《30分》
全員が集まって、グループ別にまとめた結論を発表する。必要に応じてQ&Aを行う。トレーナーが司会をするより、メンバー同士にさせた方が盛り上がる。
(6) まとめ (トレーナーの講義、参加者の感想など) 《30分》
トレーナーは各グループの討議で結論を出すまでの検討不足の箇所や結論で抜けたところ、また、結論を社内で実施する際の問題などをまとめる。
まとめる前に、数人に質問して感想を聞くのも良いでしょう。まとめる際はケースのティーチングノートを活用する。
Ⅳ.研修会を実施する際の留意点
(1) 討議の準備に当たっては、参加者の討議に取り組む態度を作り上げることが大切です。
第三者(評論家)的な観点からではなく、当事者的立場から、“あなたならどうする”のアプローチをするようにもっていきます。
(2) トレーナーは討議の主体をグループに委ねます。設問を投げかけたあとの介入は出来るだけ控え、必要に応じて討議を要点に集中させるためのフォローを行います。
(3) トレーナーは全体の方向性や時間を管理します。参加者が討議項目から外れたときはそれとなく気づかせて元に戻します。
(4) 討議のステップにおいて、必ずしもすべて討議するとは限りません。学習の目的によっていずれかのステップを重点的に取り上げることもあります。時間の進行具合で臨機応変に調整することも必要になります。
以上はあくまでもひな形の進め方です。やり方や時間はケースバイケースで、自分なりの計画を立てて実施してください。
5/31 古澤
(注1) ティーチングノートとは、ケースの詳細な解説書です。これを活用するとトレーナーの手助けになると同時にケースメソッドの質が極めて高いものとなります。日本ケースメソッド協会では、ティーチングノートを用途に応じてオーダーメイドで作成します。
(注2) ブレーンストーミングとは、効率的にアイディアを生み出すための手法です。既存の思考の殻を打ち破るために、この作業は楽しみながら行うと効果的です。基本的なルールとしては、「質よりも量」、「他人のアイディアに耳を傾け、便乗してもよい」、「アイディアを評価、批判、コメントしてはならない」、「自己検閲を行わない」、「思い込みを捨てる」などです。基本ルールを参加者全員が理解し、実践しやすい環境を整えることが重要です。
ケースメソッドの学習法、特に学習のプロセスや話し合いの進め方は重要と感じました。研修では、演習やケース学習を講師の暗黙知、経験則で進めてしまうことが多いように思いますが、確固たるメソッドを基盤に演習、ケース学習をすることが、効果的な研修機会とするために必要であると認識しました。