ヒューマン・アセスメント裏話(4)
ヒューマン・アセスメント裏話(4)
NPO法人 日本ケースメソッド協会 会長 古澤 賢✥ディメンションはどのように作り、選定するのか
ヒューマン・アセスメント研修を企画する際のディメンション(Dimensions・能力要件)の選定は、対象となるポジション(職位、職階)に相応しい人材像を描き、それに基づいて行われる。たいていの場合は当該企業の職務分掌や人事考課表に照らし合わせて決定するというやり方がとられる。
ただ、アセスメントの初期は、対象となる職務遂行能力(管理能力)をどのように決定するかにあたっては、職務分析を予め行うのが基本であった。
日本に導入された当初は、私もクライアント先の職場に出向き、あらかじめ会社から推薦を受けた管理職(5~6名)へのインタビューを行ったこともしばしばあった。
質問の内容は「仕事のやり方、クレームの対応、会議での心構えや行動、部下育成、部下掌握のコツ、顧客対応」など、実際どのように行っているかを聞き出す。そうして収集したデータを整理・分析して、管理行動をいくつかにグルーピングしていき、ネーミングしていく。これがディメンションである。その中から対象となる管理職務に必要な能力を選び、定義付けしていく。一方では、経営トップにも同社の求められる人材像をインタビューし、それも加味してディメンションを決定するのである。この一連の作業がディメンション設計である。
DDI社では管理行動に関する多くのデータを数名のスタッフが当時はまだあまり普及していなかった卓上コンピューターに向かって分析処理に励んでいた。このように手間を惜しまないところに、クライアントから信頼される秘密があるのだろうと思った。
当然、このやりかただと、手間、ひま、費用がかかるので、今は米国でも職務分析から始めるというケースは少なくなってきていると思う。ディメンションの定義、行動分類などを整理しておけば、「職務分掌や人事考課表の相関を見ながら決定するやり方」でも必要なディメンションは大概あるので、とくに問題はないと思う。
✥ヒューマン・アセスメントはケースの良し悪しが命
さて、ディメンションを評定するための演習課題(ケース)の話に移る。多面的な角度から能力診断するヒューマン・アセスメント研修の場合は、2日~3日間の研修期間を設けて、さまざまな演習課題(ケース)を組み合わせて実施する。
既存の課題に適切なものがある場合は、その中から選べばよいが、そうでない場合は新規に作成することになる。
人材の行動特性を診る場合に使用する演習課題(ケース)は、対象者の“何を診るか”つまりどのようなディメンションを評定のターゲットにするかを前提にしておく必要がある。シミュレーション(simulation)された状況をヒューマン・アセスメントの目的に応じて人為的に作るのである。
例えば当該企業の管理職候補を対象にした場合は、その管理業務を想定して、臨場感を出すためにストーリー性や現実感を織り込み、アセッシー(受講者)が演じるさまざまな“行動”を観察して、行動特性を診るのである。
アセッシーが演習を進める中で、“ある特定の状況で見せる反応”や、“同じような刺激に対して必ず繰り返す反応”、などを観察し、その人の行動特性を明らかにするものである。
限られた時間の中ではあるが、アセッサー(評定者)は行動観察に徹するのでかなりのデータを収集することになる。だが、肝心なのは目的に適ったデータがその演習課題で果たしてとれだけ取れるかという点である。
目的に応じた良い演習課題(ケース)を使えばそれだけ使える(質の高い)データをとれるのだが、そうでない場合はいくらデータをとっても、そもそも使えるデータが入手できないと言うことになる。そうなると、たとえベテランのアドミニストレーター、アセッサーといえども、結局はデータ不足となり診断・評定に支障が出るのは当然である。それだけ、演習課題が持つ力は大きいと言える。
✥演習課題の魅力
私がこの仕事を始めた頃は、まだDDI社と提携して間もないころで、演習課題として使われるインバスケット演習、グループ討議演習、面接演習などは全て英語の翻訳版であった。どうしても直訳のニュアンスが残っているので、我々は「バター匂いなぁ」と言って違和感を持っていたものだった。
それで、自分達もクライアントも満足のいく、日本の社会風土、企業風土に馴染むケースの作成が急がれた。初めは既存の課題をリメイクして使っていたが、そもそも洋食だったものを和食に変えようとしても美味しい料理になるとも思えない。
それで、新規ケースを作る動きが社内で活発になった。ちょうどそのころ会社の業績も伸び、アセッサーの新人も数多く入社して来ていた。若手のアドミニストレーターがプロジェクトの中心になり、新人の教育も兼ねてチームで作成した。
インバスケット演習にはとくに力を入れたが、いろいろな演習課題を一から作ると言う作業自体がアセスメントのことを理解する早道になり、アセッサーを養成するための有効な手段にもなった。
インバスケットの作成手順は、まずチーム全員で話し合って構想を練るところから始まる。業種・業界、会社のスケール、マーケットでのランクや経営状況など大まかなイメージが出来上がったら、主人公の役職や状況設定、上司や部下、同僚など登場人物とプロフィール、必要な案件の内容を決めていく。
案件は分担して家に持ち帰り、“作っては集まる”を繰り返して整理・統合していくと次第に形になる。最後にアセッサーマニュアルともいうべき評定ガイドを作るのである。
その当時は電子メールなどという便利なものはなかったから、なんども集合せざるを得なかったが、face-to-faceの効用もばかにできなかった。その後の酒場談義がモチベーションになっていたのは言うまでもない。またいろいろな情報交換の場にもなった。クライアントに協力してもらい現場の管理職に会って、いろいろなインシデント(出来事)を話してもらい案件作りのネタにしたこともあった。
こうして出来上がった演習課題はお互いがアセッシーになったつもりでやってみるとか、チーム同士がお互いに批評しあうとかして使用に耐えるように磨きをかけていく。実際に研修で使ってみて微調整していくのも大事なことだった。
演習課題の作成にはそれなりの楽しみもあった。案件作成時や評定ガイドを作る際は受講者の反応を想定して作るわけだが想定外の反応がでてくることも少なくない。ある程度の想定外は織り込み済みとしても、中には思いがけない切り口の回答に出会うことがある。そのようなときは“なるほどそう来るか、これは考えていなかった…”などと思わず感心してしまう。
演習課題を作る楽しさ、診る楽しさはシミュレーションゲームのエンターテイメント性を秘めたヒューマン・アセスメントの魅力の一つであると思う。
✥NPO法人日本ケースメソッド協会
ここでNPO法人「日本ケースメソッド協会」のことについて少し触れたい。
1999年、協会の前進となる「日本ケースバンク協会」が誕生、次いで2003年4月には任意団体「日本ケースメソッド協会」となり、2006年3月に東京都の認可を受けたNPO法人「日本ケースメソッド協会」として新たな活動を開始して現在に至っている。
2011年には大学生の就業力を養成するためのセミナー(Virtual Internship Program・仮想就業体験プログラム)を企画・実施した。
2013年には、一般社団法人「日本ケースメソッド協会」が発足した。NPO法人は主としてケースメソッドの研究、コンテンツ(ケース)の作成を行い、一般社団法人は人材アセスメント研修(ヒューマン・アセスメント研修)や女性管理職養成セミナーをはじめとする各種研修の企画・設計、講師派遣などを行っている。
いずれも21世紀の社会で活躍する人材育成のために結成された組織であり、そのための効果的な手段である「ケースメソッド」がバックボーンとなっている。
NPO法人「日本ケースメソッド協会」は発足以来数多くのケースを作り、ケース集として出版を行うと同時に、ケースをホームページ上で公開している。(ケースは格安の料金でネットから注文することができる)
また、ヒューマン・アセスメント用の演習課題(ケース)も会員の努力によって現在はかなりの数を所蔵している。
✥電子機器の登場とアセスメント
ヒューマン・アセスメントの根底にあるのは、言わばバーチャルリアリティ(Virtual Reality:仮想現実)における行動観察と評価である。今や現実の職場でも電子メールやネットの普及によって職場の風景や仕事のやり方が昔とは大きく変化している。この状況を考えると、仮想現実のヒューマン・アセスメント自体に違和感をも持つ人の気持ちも理解できる。
例えば、実際の仕事ではPCは付き物なのに、それが使えない、インバスケットでは出張先から部下や顧客にメール・携帯電話を使って連絡することはNG、プレゼンテーションでは便利なPCソフトが使えないなど。演習課題はリアリティを出すための工夫は凝らしているがやはり限界がある。
以前パソコン処理によるインバスケット演習を作ったこともあった。しかし、試してみると、確かにアセッシーにとっては普段慣れているパソコンを使ったほうが、文章作成も容易だし迅速な処理が可能である。しかし、一方のアセッサーからするとデジタル化された文字(印字されたきれいな字)を見ても、その人の個性がほとんど見えないのである。また、パソコンというハードの操作スキルの良し悪しが影響を与えないとは言い切れない。
要するにアセッサーは基本的には人間行動をアナログ機能で観察しているから、デジタルでアウトプットされたものとの相性が悪いというのが正直な感想である。
しかし、そうは言っても最近はIT時代を反映して学習ツールがデジタル化し、インターネットで行う双方通行型のeラーニングなども盛んになってきている。
ヒューマン・アセスメントのスピリットをしっかりと保持しつつ、次代を担う世代の人たちによって新しい時代に合ったヒューマン・アセスメントに変えていってくれることを期待したい。